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無関係なことを考えてみよう【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第30回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第30回

 

【思いつきの手法】

 

 発想をする方法というものはない、と書いた。考えれば思いつく、というわけにはいかない。発想ができる人も、どうしたら思いつけるのかを人に教えることができない。というのも、手法や方法というものが存在せず、どうすれば発想が生まれるのか、発想した本人もまったくわからないからだ。発想の名人であっても、あるときは良い発想がさっぱり出てこない場合がある。神経を集中させ、うんうん唸っただけで出てくるものではない。むしろ、その逆であることの方が多いだろう。

 とはいえ、抽象的な方法ならば、多少は記述することが可能だ。

 一例を挙げれば、こうだろうなと考えてしまう方向ではなく、逆方向へ考えてみる。逆とは何か、と思われるかもしれないが、そこが難しく、普通に考えない方向のこと。また、まずは目の前のものを否定的に見る、という手法もある。あるいは、なんでも良いからとにかく連想してみる。つぎつぎと連想して、直面している問題から一旦離れて考えてみる、といったことも良いかもしれない。

 これらに共通するのは、関係のあるものから離脱し、無関係なものを考える、という方向性である。簡単にいえばそういうことになるが、これが実際にはなかなか難しい。

 たとえば、人と会話をしているときに、相手が話したことに無関係な内容をつぎつぎと話せるだろうか? 関係のないものをすぐに思いつけるだろうか? 相手の言葉を無視して無関係なことを即答できるだろうか? かなり難しいと思う。

 人間の思考は、一連の流れから外れにくくなる。つまり、順番にしか考えられない。それはストーリィとしての流れがあるからだ。こうなれば、つぎはこうだろう、というだいたいの方向性が定まっていて、そこから外れることができない。

 つまり、考えているようで、かなり狭い範囲でしか思考は進まない。台風の進路予想のように、思考が進む方向の範囲があって、それが狭い人ほど「頭が固い」状態といえる。台風の進路は平面上だが、思考は立体、あるいはそれ以上の次元を持っているから、方向の幅が少し違うだけでも、結果に大きな差異が出るだろう。

 このように、取り組むべき問題に無関係なことを、できるだけ沢山考えることが、たぶん発想を生む基本的な姿勢といえる、と想像できる。しかも、その無関係な沢山のテーマは、すべてばらばらであって、お互いにも無関係な方が良い。頭に思い浮かんでいることから、瞬時に無関係なものへ頭を切り換える、このジャンプを何度も繰り返すこと、そういった思考が、結果として面白いアイデアを思いつける確率が高い。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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